2007年02月25日

最近観た映画 「それでも僕はやってない」

映画館で観る場合、どちらかというと邦画よりも洋画を選んでしまうのが常なのだけど、この映画カチンコは何となく観たいと思った作品の一つだった。

事前にテレビの特番での紹介や周防監督のインタビューなどを観ていたせいも有るだろう。
日本の裁判制度の現実をかなり忠実に描いているという話だった。

それでも僕はやってない.gif

ストーリーそのものは既に色々なメディアで紹介されているので、ここでは詳しく触れないが、通勤ラッシュの時間帯の電車で痴漢の疑いを掛けられて逮捕された青年の裁判を巡る物語だ。
 
主人公は「やっていない(冤罪)」という設定なのだが、日本の裁判制度による法廷でそれを立証することの難しさや容疑を掛けられた人がどの様な扱いを受けるかがよく分かる。

正直、非常に怖いし、深く考えさせられる話だ。がく〜(落胆した顔)

 それ僕_01.jpg それ僕_02.jpg

主人公が「やっていない」という前提で観れば、その待遇はとんでもなく酷い扱いであり、皆「こんなことが許されるのか?」とすら思うはずだ。

でも、実際に痴漢を行う人間が存在し、多くの女性がその被害に有っていると言う事実が有る訳で、それを踏まえると、被害に有った人の権利や気持ちを尊重しなくてはならないし、そのような犯罪を犯した人間がきつく断罪されるのも当たり前なのだ。


裁判を他人事として遠くから眺める場合、一般的な常識からすると「疑わしきは罰せず」という言葉が頭の中に浮かぶし、確固たる証拠も無いのに罪を認めろといわれても納得できない。
しかしながら、痴漢の様な犯罪の場合には、被害者が名乗り出にくく、泣き寝入り…というケースは多いだろうし、混雑した電車の中で大声を出して現行犯として捕まえるというのは女性の身には相当難しいことだろうと思う。
結果、何の追求も受けずにのうのうと犯行を重ねている輩も多々いるはずだ。

そういう双方の事情を考えると、日本の裁判制度や容疑者への扱いが一方的に間違っているとも言い難い気がする。

それでも、映画の主人公の様な状況に置かれた場合、こちらの言い分は絶望的に聞き入れられないであろう事にも恐ろしい恐怖を感じる。

強盗や傷害等の犯罪とは異なり、物的な証拠や結果が目に見える形で残りにくい、この様な犯罪は扱いが難しいと思う。
人によっては、密着していなくても、触れただけで不快だという事も有るかもしれないし、人の我慢できる限界や状況は個々に違うと言うことも有るだろうし。

他人と不快に感じないだけの距離を保って通勤や通学などの移動が可能ならば、少なくともこの様なケースに限れば心配も大きく緩和されるのだろうなぁ…と安易な発想に走ってしまう。
勿論、監督の意図するところとは全く違うのだろうけれど、そういう形で軽減・回避できるケースも決して少なくない気がする。
東京でギュウギュウ詰めの地下鉄に乗って何年も通勤した経験が有るだけに、いつ自分があらぬ疑いをかけられて、そういう窮地に陥っていたかもしれないと思うと背筋が冷たくなる。

田舎に異動した当初は電車通勤していたが、車を購入してからは自動車通勤の方が楽に感じる様になった。
何より、周囲に気を使わず、一人で好きな音楽を聴きながらのんびり出来る時間が大変心地よい。


何だか取り止めのない、どうでも良い感想になってしまったなぁ。爆弾

「それでも僕はやってない」の公式サイト
posted by 太鼓屋 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 最近観た映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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